香綾会コラム

No.22「坂本龍一になれた日」

    

柳田 洋明(高36回生)

「♪君がいなけりゃ 夜は暗い 春の陽射しの中も とてもクライ」

今から27年前の1982年、当時異色のコラボレーションとして大変話題になっていた忌野清志郎&坂本龍一のナンバー「い・け・な・いルージュマジック」。当時の僕は、その頃ものすごい人気だったイエローマジックオーケストラ(YMO)の大ファンで、そのメンバーの中でも坂本龍一のことが大大大好きだった。

「YMOになりたい!坂本龍一になりたい!」まだ珍しかったシンセサイザーも「香椎高校入学祝い」という名目で贅沢にも強引に父親から買ってもらい、ろくに勉強もせずテクノポップに浸る毎日・・・。髪型は入学式の日からずっとテクノカット。クラスメイトにつけてもらったあだ名も「テクちゃん」。

そんなダメダメながらも幸せな(?)高校生活をエンジョイしながら2年生になった頃、鍵盤弾くのは下手っぴだったけど「あいつ、シンセサイザーを持っているぞ。」という理由だっただろうか、同級生のバンドに誘ってもらった。

その名は「ケイジャーズ」。バスケット部員の友達が組んだバンドだった。今となっては詳しい事は憶えていないのだけれど、シーナ&TheロケッツやRCサクセションのコピーをやっていたんだと思う。

練習場所はもっぱら「ケイジャーズのチャボ(仲井戸麗市)」ことギター担当葉山くん家の倉庫(納屋だったかな・・?)。何とそこにはドラムセットがありまして。防音設備は当然のことながら無いのだけれど(^_^;)、近所の人々がおおらかだったのか、はてさて周りが田んぼだったからなのか、苦情は来なかったみたいだけど本当のところどうだったんだろう?僕としてはYMOをやりたかったのだけど、機材的にピコピコサウンドを再現出来ない事もあり、断念。

ただ、そんな僕も念願の坂本龍一に、いや、坂本龍一役になれる瞬間がやってきた。

それが、「文化祭のステージ」。

人前でのバンド演奏は生まれて初めての経験・・。ドキがムネムネするぅ・・・。

・・・曲はもちろん、「い・け・な・いルージュマジック」♪

沢山のお客さんを前に、「うー、心臓から口が出そう!」客席を見る余裕さえないほど緊張してしまい、何が何だかよくわからないうちに終わってしまったけれど、憧れの坂本龍一になれた日でした。

そういえば・・・

演奏が終わった後、ボーカルの大谷くんが「See you again!」って叫んで、すごくウケてたので後で本人に聞いてみると「思わず口から出た。」んだそうで(笑)何はともあれ、香椎高校在学時のとても大切な思い出になっています。

メンバーのみんなー、ありがとう!

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