香綾会コラム

No.4「伝説の体育祭の誕生」

    

篠崎 省吾(高6回生-S39-H3保健体育教諭)

私が赴任した昭和39年当時の体育祭集団演技は、学年別で担当教員の創作、指導による演技発表であったが、「祭り」の実行委員会や生徒会が進化する中で、組み体操も創作ダンスもブロック対抗種目に変わった。

ブロックパネル・応援・組み体操・創作ダンスの各々の担当が、創作指導、練習を行い、日々日程の調整、反省、修正等々という活動を、長い期間体験することにより、通常の授業では学ぶことの出来ないことを学習した。特に下級生や同級生を指導するためのリーダーシップの学習や体験は、若者を大きく成長させた。

「組み体操」の七段ピラミッド・立ち四段は、共に高校生演技の中でも、最も気力、筋力、練習時間が必要な演技である。一人でも気力に欠ける者がいれば成功しないし、恐怖心に負ければ立つことが出来ない。最近では「禁止演技」と聞くが、この時代の男達は、上の者は下の者を気遣い、下の者は上の者を信頼し、補助なしで完成させることに熱中しながら「男らしさ」を学んだものである。

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