トップページ第27回 香綾会コラム

香綾会コラム

   第27回コラム  「夫婦合計134才 富士山に登りました」

                高11回生  花島 龍彦
雲海に数条の金色の帯が浮かび次第にその幅を広げる。やがて雲海から上空にまで金色のグラデーションが広がり、太陽が顔を出す。言いようのない感動が全身を貫く。神々しいという言葉の意味を体感した一瞬でした。夫婦合わせて134歳にして、念願の富士登山が叶った一瞬でもありました。

夫婦で富士山に登ろうと決めたのが2年前。準備おさおさ怠りなし、いよいよ今年・・・のつもりだったのですが、天気の巡り会わせが悪くて、なかなか思い通りには行きません。やっと登頂できたのは三度目でした。
一度目は8月9日。台風9号に8合目(3000m)で追い返されました。帰宅後テレビを見たら台風はまだ紀伊半島のはるか南。周りはいたって平穏。富士山頂の気象変化に対する敏感さに感心しながらも、何だかだまされたような感じでした。しかし、気象レーダー(*1)を富士山頂に設置した理由がよくわかりました。
二度目は8月31日。台風11号のため泣く泣く出発をあきらめました。「また来年出直しだなあ」と思っていたら、妻曰く「あさって出発しましょう」妻の言葉は‘絶対’です。何しろ‘ヤマノカミ’ですから。という訳で
三度目が9月3日。本物の山の神様(*2)も、可哀想と思し召したのか、我家のヤマノカミの執念に根負けしたのか、今回は御来光・影富士を一度に見せてくれました。両方のカミサマに感謝!!

行程を簡単に紹介します(4つある登山道の内、河口湖口コースを登りました)。
1日目(9月2日) 曇り空ながら雨の心配は無さそう
7:30
11:15



17:45
新宿から高速バスで出発
5合目をスタート 天気が良ければ青木が原樹海、河口湖や遠くの山々を望むことが出来ますが、残念ながら今日は遠望きかず真っ白の世界。しかし、太陽に照りつけられるよりはマシ。3000mあたりから空気の薄さを実感。とにかく一歩、また一歩。人生も同じですね。
本8合目の山小屋トモエ館(3400m)に到着。夕食(ハンバーグカレー)の後仮眠。9月の山小屋は空いていてゆっくり休める。ありがたい。


2日目(9月3日) 午前2時起床
2:40



4:40

5:15
山小屋をスタートし頂上に向かう。ヘッドライトを頼りに岩場を登る。すごい渋滞。ハイシーズンはどんな状況なんだろう?しかし、年寄りにはこの程度の渋滞はありがたい。いい休憩になる。歩き始めは、空気の薄さを感じたが、しばらく歩いている内に感じなくなった。体が高度に順応してくれたようだ。
山頂に到着、かなりの混雑。まだ暗い。ひと息入れた後、お鉢めぐり(火口を一周するコース)に出発
お鉢めぐりの途中、御来光を仰ぐ。雲海が金色に輝く。感動!!やっぱり富士は日本一の山

富士山御来光
剣が峰
影富士

6:00


7:00
10:30

*1

*2

剣が峰に到着。影富士(雲海に映る富士山)を見ることが出来た。ラッキー!ここが本当の富士山頂(3776m)。気象観測用の富士山レーダー(*2)があったところ。現在は頂上の気温・湿度・気圧を自動計測しインターネットで配信しています。
お鉢めぐりを終え下山開始
5合目に到着 高山病にもかからず、膝も痛くならず無事下山。山の神様(*2)に感謝。

富士山レーダーは1999年にその座を気象衛星に譲り、現在は富士吉田市に記念館として公開されています。
富士山の守り神は「木花之開耶姫(このはなさくやひめ)」

 
これから富士登山を目指す人へ
ガイドブックやインターネット上に富士山情報は「ヤマ」ほどありますので、丹念に目を通しておきたいものです。「誰でも登れる山」ではありますが、なめたらいかんぜよ。
時期はスケジュールが許す限り、お盆前は避けたほうが無難です。

富士山はこのくらいにして、いきなりですが半世紀以上遡って高校時代の思い出に移ります。
(編集長命「高校時代の思い出も入れよ」とのこと。流れの中で自然に話題転換をと思ったのですが、私の文才ではとても無理ですのでいきなりの話題転換です)

一番の思い出はなんと言っても体育祭です。
体育祭のことは年代を問わず皆さんの思い出の中に刻まれとうごたるし、似たようなことば読まされたっちゃつまらんやろうけん、1年生の時(昭和31年)の写真ば紹介します。年代に応じて夫々に読み取ってつかあさい。こげな言葉今時使わんと?
体育祭やぐら

中央は担任の稲永俊昭(化学)先生。 櫓は荒縄で縛っていますが適当?いい加減?よくぞ崩壊もせず・・・と言いたくなりますね。いつごろまでこんな状態だったんでしょう。

高校時代の思い出は尽きません。今でもなにかと口実を設けて出かけては、家族にあきれられています。あきれられようがどうしようがこれからも続けるつもりです。お付き合いのほどよろしく。

では、母校の発展と香綾会の皆様のご健康をお祈りいたします。
ビバ香椎高校! ビバ香綾会!

さいたま市在住 花島龍彦(昭和34年卒 第11回生)
          (旧姓;北原) 花島千鶴(昭和38年卒 第15回生)