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香綾会コラム

    第10回コラム   「剣道部での三年間」

                     高30回生 長澤 庸道
 『心外無法』 [しんげ(しんがい)むほう]。これは香椎高校の剣道場の神前に飾られている道場訓と言うか、剣道部のスローガンのようなものである。高校時代は意味も解らずにいたが、この響きが何故か好きで卒業後も座右の銘などを書く時には、この言葉を書き背伸びしたような気分になったことが思い出される。数年前にある雑誌でこの意味を知り、「仏教でこの世界は各自の一心の所現で別法はない」と書かれていたが、浅学な私には難解な句であった。

 入学時を思い出すと、最初から剣道部に入部しようとは思っていなかったが、中体連では県大会まで進んだこともあり、剣道部なら何とかやっていけるだろうと入部した。しかし、その気持ちは数日で無残にも崩れていった。先輩方の容赦ない打突や数時間にも渡る稽古は、今まで経験したこともないほど辛く、数日で退部していく同級生もいた。それからは何とか3年間、辞めずに続けていくことが目標となった。
 下手くそなりに剣道を続けていく中、稽古では楽しい思い出など残っていないが、練習後に一気飲みするコーラが美味かったことと、下校中に立ち寄ったやりうどん、とらやのラーメン、宇宙軒の中華丼などの味は今でも忘れられないし、休日の練習後に香椎セントラルで観た山口百恵主演の映画も大変懐かしい。しかし今では香椎駅付近もすっかり様変わりしており、いずれの店もなくなってしまった。

 剣道部の一年生のトレードマークと言えば、五厘の丸坊主と、校舎の端から端まで聞こえそうな挨拶であった。ある先生からその挨拶だけは止めろと言われたこともあったが、心の中では、「これが剣道部員だ」と優越感に浸っていたのも事実である。
 二年生になり玉竜旗を最後に三年生の先輩が引退すると、我々を待ち受けていたのは、「伝統」と言うプレッシャーだった。四学年上の先輩以前の三年間は玉竜旗でベスト8と言う輝かしい記録を残し、一学年上の先輩達も年4回行われる公式戦で全て県大会に進出する好成績を残していたからである。また同級生の女子チームは、今でも語り草となっている玉竜旗・インターハイで準優勝した全国屈指の強豪チームであった。
 結局男子チームは、玉竜旗では三回戦で敗退しOB始め応援して下さった皆さんの期待に応えることは出来なかったが、新人戦地区大会優勝、九州大会県予選ではベスト4入りするなど先輩方も成し得なかった記録を残すことが出来た。
 こうして玉竜旗を最後に我々も引退することとなり、「伝統」からのプレッシャーからも解放され、引退まで辞めずに頑張ると言う初期の目標を達成した私は、受験勉強に没頭した。幸いにも東京の大学に合格することが出来、大学では軟式野球の同好会に入り自由奔放な草野球に興じた四年間だった。

 ところが、卒業後東京に残り警視庁に就職したため、また剣道との長い付き合いが始まることとなった。警察学校では剣道経験者として、初心者を指導する立場となったし、機動隊の剣道特連では、肋骨を折ったり血尿が絶えないほどの厳しい稽古の毎日だった。
 私も50に手が届く年齢となり、剣道も六段になり多少は実力がついたのか、回りを見る余裕も出て来た。最近では職場だけではなく地元の道場で、小・中学生や一般の愛好者と剣を交える機会も増えて来た。今後の当面の目標は七段合格と後継者の育成である。そうすることが剣道部の監督だった中島先生始め先輩方への恩返しであると信じて、剣道の理念を肝に銘じ理想の剣道を追求していこうと思う今日この頃である。

追伸
警視庁では大量退職時代を向かえ、優秀な人材の確保が急務となっています。
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